フミノブログ

西元フミヤ@繊細な九州男子カウンセラー

あれから一年 〜失恋の先にあったもの②〜

こんばんは、心理カウンセラーのフミでございます。

これは前回のブログ【あれから一年 〜失恋の先にあったもの①〜 - フミノブログ】の続きになります。

失恋し、心が病んでいた2023年4月。あれからちょうど一年がたった今、僕がどう変化していったかについて書き綴っております。

では続きをどうぞ。

自分の足で立っている感覚

 

もうどんな自分でもいい。

喜んでいる自分、怒っている自分、嫉妬している自分、悲しんでる自分、寂しい自分。カウンセリングを通して変わってきたことは、もうどんな自分でも素直に認めて受け入れるということだった。

泣くことへの抵抗もなくなった。

僕は「男は泣くんじゃない」とか「男らしくあれ」「泣くのは誰かが亡くなった時だけだ」と言った昭和的な社会通念(思い込み)に引っ張られた人生を送ってきた。カウンセリングが進むにつれ、こういった心理ブロックがどんどん自分の中で無くなってきていることを感じていた。

カウンセリングでもそう、誰かのブログや動画を見て号泣することも増え、感情のセンサーが蘇ってきている感覚があった。感情を解放することに許可を出し始め、これまで抑圧してきた分の涙が時間軸を超えて流れ出てきた。

いつの日だったか車を運転している時だった。

ふとした瞬間に、自分が自分に

「ずっと我慢させてごめんな。もう絶対見捨てないから」

と言っていた。

涙が溢れすぎて目の前が見えず、慌てて道路脇に停車したこともあった。

自分の感情を解放するということは、自分を肯定できていることでもある。湧いてきた感情を認め、受け入れ、解放していく。このサイクルを重ねることで少しずつ自分を認められるようになり、自己信頼が蓄積していった。

自分と繋がる。

その感覚を掴み始めている自分がいた。

目標と方向性

 

失恋から4ヶ月が経とうとしていた2023年7月下旬。だいぶメンタルも回復し、マイナスからゼロになりつつあった。その時の僕はもう心の勉強から抜け出せなくなっていて、ゼロからプラスにまで持っていこうとしていた。

もっと深く勉強してみたい。

お世話になっていたカウンセラーの彩さんに、セッション中伝えたこともあった。気持ちの高まりを感じていたあの夏の日、追いかけていた根本カウンセラーがお弟子さん制度8期生(※心理カウンセラー養成講座)の告知をブログで発表した。

「行こう」

自分の手で自分を幸せにしたい。

将来的には誰かをサポート側になりたい。

無自覚にも出来上がっていた次なる目標と方向性。鹿児島(実家)に住んでいた僕は、迷いはなかった。大阪だろうが東京だろうが、鹿児島から通ってやる。貯金もないし仕事もしてないけど、もうそんなことは何とかしてする。

僕は幸せになりたいんだ、どうせなら根本カウンセラーから学びたいんだ、と。そして同じ苦しみを持つ人に寄り添い、自分がサポートする側になりたい。心理カウンセラーになりたいんだ。

湧いてきた熱い気持ちは、すぐに現実化することになった。9月にはもう【お弟子8期 見習いカウンセラー|フミ】というアカウント名でXを解説し、心理カウンセラーへの門を叩いた。

本当に不思議だったのが同じタイミングで仕事のご縁もいただいた。9月から転職することが決まった。それも人生で一度も行ったことがない名古屋という土地で。鹿児島から大阪(のお弟子講座)へ行くよりも近い距離にある。もうこれは流れができていたのかもしれない。

執着を手放す

 

新しい土地での生活と仕事が決まり、同時にお弟子講座への参戦も決まった2023年9月上旬。これから一気に人生がガラッと変わることへの不安や恐れも凄かった。ポジティブな不安や恐れ、という感触だった。

全ての準備が整い、鹿児島を出発する日が決まった途端から元カノの姿が頭に現れるようになってきた。存在が薄らいでいた元カノの存在。その彼女に対して少しずつなんらかの感情も湧いてきていることに気がついた。

感謝の気持ちだった。

あの時マッチングアプリで出会っていなかったら。
あの人と付き合っていなかったら。
あのタイミングで別れていなかったら。
あの時あれほど傷ついていなかったら。

そんなことを考え始めていたら『あの経験がなかったら今の自分に出会わなかった』と過去を肯定できるようになっていて、怒りや虚しさよりも感謝の気持ちが湧いていたのだ。

あれほど傷つけられたのに。あんだけ愛を拒否されたのに。

どうしたことか、あの失恋はどこか甘酸っぱくて苦い思い出として僕の中で処理され、保存されていた。元カノへの強い執着はなくなっていたのだ。

そして無性にこの感謝の気持ちを伝えたくなり、鹿児島での生活に一旦ピリオドを打つ意味でも何かしたい、と考え始めた。

『手紙を書こう』

感謝の手紙を書くことにした。別れてからの気持ちの変化、嫌いになろうとしたけど出来なかったこと、自分を大事にすることに気づかせてくれたこと、本当の自分を発見できたこと、一緒に共有した時間が楽しくて幸せだったこと。便箋5枚にびっしりと。2時間ぐらいかけて丁寧に書いた。重たくて面倒臭い男だと思われるかと思ったけど、なんせ伝えたいという気持ちが上回り、行動した。

実際に書いた5枚の手紙(2023年9月撮影)

2023年9月19日。

名古屋へ出発するため鹿児島空港へ向かう途中、書き綴ったこの手紙を郵便ポストへ投函した。

ストンッと奥に落ちる音と一緒に、気持ちも整理されスッキリした。

灼熱の太陽が輝く空を見ながら、さぁ行くぞ!と彼女を手放し、次のステージへ意識が向かっていることを確認した。

5日後、元カノからLINEで長文の返信が返ってきた。

久しぶりに表示された元カノのLINEアイコンが新鮮に感じた。複雑な感情でメッセージを開けてみたら、僕の気持ちを受け取ったよとのメッセージと感謝の意を表す言葉が並んでいた。

温かい気持ちになり、心の中でもう一度「ありがとう」と言った。

諦めない力。自分を信じる力。

 

あの失恋からもう一年。凄まじく早く感じる。

人生の転換期とも言えるほど、本当にいろんなことが起きまくった一年だった。

地獄の苦しみを味わっていた当初は先が見えず、何度も死にたいと思った。何度も何度も、だ。

でもこうして今、生きている。五体満足で呼吸ができて、食べ物もちゃんと食べれて、仕事までちゃんとしている。

大切な仲間もできて師事する師匠もいれば自分でビジネスまで始めてしまっている。ましてやクライアントさんまでいる今がある。

信じられない。

あの時、諦めなくて本当に良かった。

逃げずにいたら、こんな幸せが待っていた。

諦めない力。
それを強烈な痛みとともに経験し、学んだ。

自分を信じる力。
それを実体験として手に入れ、これからに活かしていきたい。

ありきたりだけど「あの失恋がなかったら」と思うとここまでの道のりは当然経験できないわけで。ここまで自分を深く掘り起こして、真の才能や価値を見ることはできなかった。こんなブログも書いてるはずがない。

何より心理カウンセラーになりたいという目標ができ、それに向かって夢中になれる自分と出会えたことには、この上ない喜びと幸せを感じている。

人生を大きく変え、自分をもっと魅力的な人間にしてくれた失恋。

痛い経験の先には、必ず得られる何かがある。

腐らずに前を見てれば、きっと何かが待っている。

感謝しか湧いてこないあの失恋経験は、僕の大切な宝物でありネタでもあり、貴重な時間だったんだと確信して言える今がある。

心理カウンセラー フミ

 

あれから一年 〜失恋の先にあったもの①〜

一年前の2023年4月7日土曜日の夜、当時付き合っていた彼女にフラれ大失恋をした。

あれからちょうど一年が経った。

彼女のことが大好きだった僕は彼女に依存し、完全に彼女軸を生きていた。見捨てられる不安に駆られ、逃げられないようにと毎日必死で追いかけていた。全然埋まらない心の穴を、懸命に埋めようともがいていた。

依存、癒着、執着、ニーズの爆発、主導権の争い、見捨てられ不安、嫉妬、コントロール、犠牲、劣等感、罪悪感、無価値感。ネガティブな感情全てを感じることになったあの恋愛経験は、カウンセラーとなった今の僕の原体験となっている。

あれから僕はどう変わったのか。

あの失恋をどう捉え、どう噛み砕き、どう変化していったのか。

今日はそれを書いてみたいと思います。

  • 2023年4月7日
  • 恋愛依存症と診断
  • 継続セッション
  • 依存心と母親の投影

2023年4月7日

 

元カノ:このままだとフミくんを苦しませてしまうと思う
僕:それでもいい。だから付き合おうよ
元カノ:…これ以上苦しませたくないから
なにそれ。本当の理由は?
元カノ:…うーん、だって苦しませたくないからさ
僕:もうないってこと?気持ち
元カノ:うーん……
僕:ないってことね。じゃあもう終わり?
元カノ:苦しんじゃう。フミくんが
僕:なんで俺を主語にするの?どうしたいか教えて
元カノ:
僕:もう成り立たないよね、こんなんじゃ。別れよっか
元カノ:……う…ん
僕:俺に言わせたかったんだね(ため息)…わかったよ。じゃあね。短い間だったけどありがと
元カノ:こちらこそだよ
僕:……
元カノ:なんか寂しくなるね
僕:はぁ?そっちがフったくせに。寂しくなる?…もう意味不明だわ(ため息)
元カノ:私はこれで終わりじゃないと思ってる。またいつかどこかで会えると思ってる
僕:それはない。会いたくないし。ないね。じゃあ
元カノ:またね
僕:(無言で電話を切る)

 

最後の会話はこんな感じ。土曜の夜だった。

電話を切った時は何も感じなかったことを記憶している。2日か、3日後ぐらい経ってからだった。いろんな感情が次々に爆発していった。

3月に会社を解雇されていた当時の僕は、無職という肩書きのまま失恋をしなければならない現実を受け止められず、辛すぎて、もう死にたくて死にたくてたまらなかった。絶望の絶頂にいた。

もういつでも人生を辞めてやりたい。

2023年の4月は、地獄の中にいた。

恋愛依存症と診断

 

「はい次〜。次だ、次!次の女だな」

いろんな男友達に電話をしたら、そのほとんどが口を揃えてそう言ってきた。女友達にも電話で相談したけど、どこか納得がいく回答は得られなかった。

「あの女、ビッチだった」と相手のせいにして終わらせて、次の女性に行くのは簡単だ。人間誰だって相手に責任を押し付ければ楽に生きられるもの。でも今回ばかりはそうじゃない自分がいた。いつもとは違った、何か深い意味がある失恋な気がしてならなかった。

失恋して苦しむ人もいれば、苦しまない人だっているのに。なんで僕だけこんなことにいつもなるものか。また恋愛をしたら同じ問題にぶち当たりそうな直感が働いた。

もしかしたら問題は相手じゃなくて自分なのかもしれない。頭の中で自分を疑った。自分に原因がありそうだ。自分に問題があるんだ。

相手にしか向かなかった意識のベクトルが、初めて自分に向けられた瞬間だった。

もう逃げたくない。

人生変えてやる。

そんなことばかりを考えていたある日、たまたま見ていたウェブサイトで恋愛依存度をチェックできるページに辿り着いた。チェックをしてみたら「あなたは恋愛依存症です」との診断結果が表示され、愕然とした。

「はっ?俺が?……恋愛…依存??」

これでさらに死にたくなった。嘘だと信じたかった。たかがネット上でのテストとはいえ、あまりに情けなく受け入れたくない痛い現実。もう自分の全てが嫌になり、崩壊しそうだった。

こんなこと恥ずかしくて絶対人には言えない。やばい。何とかしなきゃ、と「恋愛依存をなくすためにはどうすればいいのか」という課題に向き合うことにした。

Googleで何百回も「恋愛依存 克服 方法」と入力しては検索し、毎日朝から晩までいろんな人の記事やブログを読み込んでいたら、ある記事に辿り着いた。その記事で言っていたのは、自分で自分を満たす人生にすることが結果的に恋愛依存症の克服に繋がりますということだった。

自分で自分を満たす?

という感じだった。でももう一切反論はできなかった。なんとなくそんな気はしていたから。

僕は向き合い続けた。逃げたくなかった。

「自分で自分を満たす」方法を調べまくっていると、やたらと”自己肯定感”という言葉を目にするようになった。以前から知っていた言葉だ。今度は「自分で自分を満たす」に加えて「自己肯定感」という2つのワードで色々と検索していたら、一つの本に出会うことになった。

それが僕の師匠である根本裕幸カウンセラーの書籍『敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法』だった。

この本との出会いが、全ての始まりだったような気がする。

自己肯定感についての書籍はたくさん読んできたけど、これほどまでに簡潔に、わかりやすく書かれたものはなかった。しっくりきた。

この書籍を皮切りに、根本カウンセラーの書籍を読みまくった。自分らしい生き方を見つける本、嫉妬の本、罪悪感の本、寂しさの本、執着の本。ブログも読み漁り、自分にとって必要だと思った箇所を大学ノートに書きまくった。大学でも受験するんか?というぐらい毎日カフェに入り浸って、読んでは書いてを繰り返していた。

全ては自分で自分を満たすため。

自己肯定感を上げるためなら何でもやった。

「どんな感情でも受け入れる」「それが自分だからしゃーないやん」「湧いてくる感情には蓋をしない」と書いた付箋を車の至るところに貼りまくった。剥がれそうになるたびにセロハンテープで補強した。付箋を読むことに集中して、前の車に追突しそうになったこともある。

自分を褒める日記も毎日付け始めた。寝る前に12分間瞑想をした。

ベッドに入ると目を瞑ってアファメーションをした。「もう頑張らなくて大丈夫。このままの俺でいいんだ。大丈夫。俺は愛される」と何度も何度も言い聞かせた。無職だった僕は、毎日そんな生活をしていた。もう誰からどう思われようがどうでもよくなっていた。

根本カウンセラーをフォローするためだけにX(旧Twitter)のアカウントを開設し、VoicyやYoutubeも見始めた。そうしている内にお弟子カウンセラーさんたちの存在も知った。

継続セッション

 

「自己肯定感を上げながら、恋愛依存を克服したいです」

それらしきことを相談内容欄に書いて、カウンセリングを申し込んでみた。Xでたまたま恋愛を扱うカウンセラーを見かけて、藁にもすがる思いで申し込みをした。お弟子さん6期生である、恋愛カウンセラーの彩さんだった。

「恋愛依存を何とかしたいです」

このセリフで始まった継続カウンセリングは、3ヶ月に渡って続いた。女性カウンセラーだったけど、恥ずかしかったことも包み隠さず全部話した。明るい笑顔が印象的な彩さんは丁寧に話を聴いてくれて、何から何まで全てを受け入れてくれた。

セッションが終わる毎にもらうフィードバックメールがとても嬉しく、心に沁みた。内容を何度も読み込み、もらったアドバイスを日常生活で意識し、アウトプットしていった。自分を肯定していく意識や感情の捉え方、そして感情の変化。意識を常に自分へ向け、考え感じたことをメモをした。次のカウンセリングでそれを報告することがとても楽しくなっていた。

向き合うのはいつも自分自身。

でもそれができたのは、いつも横にいてくれるようなカウンセラーの存在のおかげだった。前に進もうとする時は全力で背中を押してくれ、やばくなったら立ち止まって受け入れてくれる。まさに二人三脚の状態。

あまりに辛く、心が潰れそうな状況の自分を一生懸命理解してくれる存在、一緒に伴走してくれる存在が、いかに心の支えとなっていたのかを僕はこの時初めて気づいた。

いつもすぐそばにいてくれる安心感と心強さ。カウンセラーと共に走っていたあの期間がなかったら、すぐに心が折れていたか、見事に燃え尽きてまた自分を見失っていただろうと思う。

依存心と母親の投影

 

壮絶な家庭環境を生き抜いてきた元カノへは、いつも「俺が助けてあげなきゃ。もう彼女には俺しかいない気がする」という気持ちで接していた。

カッコつけては背伸びして、デートではいつもお金を払い、気を遣って機嫌を伺い、怒りや不満を隠しながら「大丈夫?なんでも言ってね」なんて無理をする。生活の中心にはいつも彼女を置いていた。

そんな元カノと向き合い始めて数ヶ月経ったある日のこと。

大きな発見をした。

「助けてあげなきゃ。もう彼女には俺しかいない気がする」と必死になって彼女へしていたこと。それはそっくりそのまま母親が僕にしていたことと同じだった。

家族間で起きていたことを、外の世界で投影していた。

連鎖していたのだ。

”相手のため”と勝手に思い、相手を満たしてあげようと手段を選ばずに取った数々の行動。相手の意思を尊重する”ふり”をして、無意識にも一方的に押し付けをしていた。過干渉だった母親に僕が抱いていた嫌悪感や鬱陶しさ、息苦しさ。その感覚を彼女に湧かせていたのは、僕自身だったのだ。

そしてその延長で気づいた最も重要なこと。

それは、たくさん傷ついて助けが必要だった人というのは彼女ではなく、紛れもなく僕自身だったということ。彼女を助けても、自分が満たされるのはほんの一瞬でしかない。永遠に満たされない虚しい感覚には気づいていたけど、なぜか辞められなかった。

むしろ、満たそう与えようとする心はエスカレートしていく一方で、そこには期待や見返りを含んだ”犠牲”しかなくなっていた。”愛”で与えていなかったのだ。彼女を満たすことが生き甲斐になっていた僕は、彼女で自分の依存心を満たそうとしていたのだ。

『自分で自分を満たす人生にすることが結果的に恋愛依存症の克服に繋がります』

これを知ってから、恋愛依存になった自分の心を理解し始め、そんな自分を少しずつ受け入れることができた。

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【満席】〜4月 カウンセリングモニター募集のお知らせ〜

※4月のモニターカウンセリングは、満席となりました。お申し込みいただいた方々、ありがとうございました。

 

皆さま、こんばんは。心理カウンセラーのフミでございます。

 

ようやく春らしくなってきましたね。

 

寒くなく、暑くもない、ほどよい気温で過ごせるこの季節は本当に気持ちがいいものです。そして、常に眠いです(笑)

3月に引き続き、4月もモニターカウンセリングを実施いたします!

(ここ、はてなブログの方では3月の募集ページを貼り忘れておりました🙏)

3月にご縁をいただきましたクライアントの皆さま(まだセッションを終えてない方も含め)、本当にありがとうございました。初めてでガクブルに緊張しながらも色んなお悩みに寄り添う機会をいただき、たくさんの学びがありました。ありがとうございました🙇‍♂️

 

さて、今回も

 

・とにかく話を聴いてほしい!
・自分の人生を生きるヒントが欲しい!
・このモヤモヤをなんとかしたい!
・男性カウンセラーと話してみたい!

 

という方がいましたら、ぜひこの機会にモニターへお申込みください。

皆さまとお会いできることを、楽しみにしております!

▪️カウンセリング日程(満席)

・4月6日(土)13:00〜
・4月12日(金)
21:00〜
・4月13日(土)13:00〜
・4月20日(土)
11:00〜
・4月21日(日)21:00〜
・4月27日(土)11:00〜、15:00〜

※日程が埋まり次第アップデートしております。万が一、申込時に埋まっていた際にはメールでお伝えするか、もしくは別日程をご提案させていただきます。ご理解いただけますと幸いです。

 

《申し込みフォーム》

▪️セッション時間と方法

【時間】60分

【セッション方法】オンライン(Zoomを使用します)

スマートフォンでカウンセリングをご参加の方は、Zoomのアプリをダウンロードしていただく必要がございます。
※参考サイトはこちらになります。
※どうしてもZoom以外で!という方がいましたら、他のサービス(Google Meet等)で対応いたしますので、お申込時にお知らせください。

▪️プロフィール

そもそもあんたは一体誰やねん??という初めましての方がいらっしゃいましたら、以下で僕について書いております。良ければ一読ください。

僕のプロフィール ① 【幼少期〜社会人】
https://note.com/fu_mi_6phillip/n/n04b88c71e48f

僕のプロフィール ② 【現在〜カウンセラーへの道】
https://note.com/fu_mi_6phillip/n/n41a973e5d16d

▪️カウンセリングスタイル

傾聴・受容・共感するスタイルでカウンセリングを進めていきます。

基本的に答えはクライアントさんの中にあると信じております。僕自身がたくさんのカウンセリングを受けてそう強く感じたのと、それが自分なりの答え、幸せ、らしさに直結していると思うからです。
なのでカウンセリングでは、クランアントさんと一緒にその答えを見つけ出す、見つけに行くサポートを最大限させていただきます。

▪️対象とする方

・とにかく話を聴いてほしい方
・ずっと生きづらさを感じていて、どうにかしたい方
・今抱えている問題をなんとかしたいとお悩みの方
・自己嫌悪や自己肯定感でお悩みの方
・人に言えない悩みを抱えている方
・親子関係 / 人間関係でお悩みの方
・人生をもっと肯定できるようになりたい方

上記以外のご相談でも可能な限り対応させていただきます。安心してお話しいただけるよう、ご相談には真摯に向き合いたいと思っております。

▪️当日までの流れ

  1. 《申し込みフォーム》に必要事項をご記入の上、送信してください。(その後送られてくる自動返信メールもご確認ください。届かない場合には、)

  2. こちらで内容確認し、受領から2日以内にカウンセリングで使用するZoomのURLを記載した詳細メールをお送りしますのでご確認ください。こちらからの連絡をもってご予約完了とさせていただきます。

  3. カウンセリング当日は、時間になりましたらこちらから送りしたZoomのURLにアクセスし、ご入室ください。

  4. カウンセリング終了後、ご感想やアンケートへのご協力をよろしくお願いいたします。

▪️お申込み・お問合せ

《申し込みフォーム》

▪️ご感想/アンケートへのご協力

・カウンセリング終了後にアンケートフォームをお送りいたしますので、ご協力いただけますと幸いです。
・いただいた貴重なご感想は、今後の活動の参考にさせていただきます。※許可を得た上で、当ブログに匿名で掲載させていただく場合がございますので予めご了承ください。

 


〜キャンセルについて〜

・キャンセルされる場合には必ず前日までに、ご連絡をお願いいたします。
・当日、時間になっても連絡がなく、10分を過ぎてもご入室がない場合はキャンセル扱いとさせていただきます。ご了承ください。
・ご連絡のない無断キャンセルにつきましては、今後のご予約をお断りさせていただく場合がございます。

守秘義務

カウンセラーには守秘義務があります。カウンセリングで知りえた情報を本人の同意なくして他の誰かに伝えることはありません。またカウンセリング記録、その他個人情報にあたる情報は、厳重に管理しますので、安心してご利用ください。

〜個人情報の取り扱いについて〜

お申し込みの際に、お名前、メールアドレス等の個人情報をご入力いただきます。いただいた個人情報は、カウンセリングや必要な情報を電子メールでご連絡する場合にのみ利用させていただくもので、これらの目的以外では一切利用いたしません。

〜注意事項〜

・精神科や心療内科に通院・投薬治療をされている場合、妊娠中の方は、セッションを受けることによって症状が不安定になるケースがあります。そのため原則としてご利用はご遠慮いただいていております。予めご了承ください。
・個人セッションをご利用いただくのは、予約いただいたご本人様のみとさせていただきます。
・未成年の方も、原則ご利用をお控えいただいております。

 

 

心理カウンセラー フミ

在り方のルーツは過去の傷

『クライアントさんにとって、どんなカウンセラーで在りたいか』

この質問と向き合った時、自分の本質が少し見えてきました。

今日はそんなブログです。

こんにちは、心理カウンセラーのフミでございます。

早速ですが先日、先輩カウンセラーであるケイティさんこと桐山慶子さんの講座を受けてきました。

講座のテーマは『聴き方』

いかにも、というテーマですが(笑)駆け出しのカウンセラーさんや、カウンセラー業に興味がある方を対象とした内容の講座でした。

聴くことってカウンセラーにとってはもはやできて当たり前のこと。生命線であるわけです。だから決して過小評価してはならないところであり、磨きをかけていきたい部分。少なくとも僕はそう思っているわけです。

講座は2時間みっちり行われました。とても濃く、実践的な内容が盛りだくさん。

単に『聴き方』といっても本当に多様なアプローチができることを知り、こんなにもあるの?と発見だらけ。クライアントの言葉からいくつもの質問を組み立てる方法だったり、沈黙を上手に使いながら問題の本質を引き出していく方法だったり。セッション中の意識の置きどころにも細かく触れ、たいへん奥深い学びとなった時間でありました。

講座の中ではいくつかのワーク(質問に対して参加者が回答をシェアする時間)にも取り組んで、ケイティさんからだけでなく、他の参加者からも学ぶ場面が多くありました。

**

講座が終盤に差し掛かかった頃、最後のワークがありました。

そのワークは「カウンセラーとしての在り方」を考え、シェアするというもの。

クライアントにとって自分はどう在りたいのか。

これ、思っていたより考え込んでしまいました。これだというものが全然頭に降りてきこない。先日卒業したお弟子さん制度でも散々向き合ってきたこの問いかけ。なんでここでスムーズに書けないんだ?と、どことなく恥ずかしさや焦りを感じ始めていました。

うーん…となっている目の前で、チャット欄には参加者の回答がどんどんシェアされていく。

内容を一つ一つ読みあげていくケイティさん。個性が溢れた回答の連続に「みんなスゲェー」と独り言をつぶやきながら、僕はひたすら悩み、考えていました。

そして全部の回答が読みあげられたちょうどその時でした。咄嗟に何かが僕(の頭)に降りてきたのです。

すぐに言語化し、慌てるようにキーボードを打ち、Enterキーを押しました。

その内容とは、

『一言も喋らず、ただそばにいるだけでクライアントさんに安心感や包容力を感じてもらえるカウンセラーになりたいです』

でした。

画像
実際にシェアした内容

すぐさまケイティさんが反応し、「おー、静かな愛ですね」と言ってくださいました。

"静かな愛"

そうなんだー、と棒読み気味に納得しました。

**

自分のシェアが読まれた後、チャット欄をスクロールして全員の回答を一通り読み、最後にまた自分の回答を読み直していました。

『一言も喋らず、ただそばにいるだけでクライアントさんに安心感や包容力を感じてもらえるカウンセラーになりたいです。』

僕は考えていました。

自分の回答を見つめながら、なんでこんな内容を書いたのだろうと。

一言も喋らなくてもいい。それ、カウンセリングなの?

そんなんで安心感って与えられるの…?

2分ぐらいジーッと眺めていました。

そしてふと部屋の天井を見上げたとき、

「そんな人が俺の人生にはいなかったから。どこにもいなかったから、だよな。」

そんな想いと繋がったんです。

「安心できる人が誰もいなかったんだ」

と、腑に落ちました。

そしたら次の瞬間、涙がドバッ大量に溢れてきたんです。

勢いよく滝のように溢れ出てきました。水の入ったバケツがバーンと倒れたように、すごい勢いで。それはもういきなりでした。

急に哀しくなったんです。心が疼きました。

誰からも気にかけてもられず、寂しくて辛かった自分。
誰にも助けを求められなかった自分。
孤独を感じないようにギリギリでいつも生きていた自分。
自分を偽って、必死に明るく振る舞っていた自分。
安心できる人や場所がどこにもなく、生きる気力を失っていた自分。

目の前にあるパソコンの画面に目をやりながら、いろんな過去がフラッシュバックしていました。

過去に負った深い傷。それに触れた瞬間でした。

**

安心感。

僕とは無縁だったこの感覚。喉から手が出るほど欲しかったこの感覚。

家族や学校と繋がれず、安心のあの字もない孤独な人生でした。浴びるように感じてきた寂しさと孤独感、そして不安。それが深い傷となったまま、ずっと生きてきました。

そんな人生だったから安心感というキーワードには特に敏感になっていました。孤独や不安しか感じて来なかったからこそ、”安心すること”がどれほどの大切なものなのかを十分理解できるんです。

きっと僕は潜在的に”人を安心させる感覚”を知っているんじゃないかとも思いました。知っているから、感じてもらいたくなるし、与えたくなる。講座の中で頭に降ってきたのが”安心感”だったことも、自然だったのかなと思ってしまいました。

同じ傷を抱えたまま生きて欲しくない。受け入れたい。もう大丈夫だよ、と安心してもらいたい。

僕の在り方のルーツは、過去の傷にあったのです。

一人でも多くの人に話を聴いてもらえるんだ、受け入れてもらえるんだ、安心するってこういうことなんだ、という感覚を感じてもらいたい。

究極を言えば、言葉なんて一言二言だけでいい。本当はいらないかもしれない。ただ寄り添い、ホッと安心してほしい。それだけなんだと思います。

きっとそれがクライアントに一番届けたい価値であり、僕が与えたいものなのでしょう。

カッコいい提案はできないかもしれない。求めている返できないかもしれない。

でも来ていただいたクライアントには、

『もう大丈夫なんだ』
『ここなら安心なんだ』
『受け入れてもらえるんだ』

そう感じてもらうこと。

たとえそれがオンラインであろうとも、目の前にいようとも。

そんなカウンセラーに必ずなれるよう、これから努力していきたいと思いました。

それが僕にとっての喜びであり、本質であり、在り方だから。

 

心理カウンセラー フミ

うざい上司と心の傷

こんばんは。

 

カウンセラーのフミでございます。

 

久しぶりの更新です。

 

突然ですが、最近仕事がめっちゃしんどいです。はい😞

理由は単純。上司です。

非常に面倒臭く、かまってちゃんの57歳バツイチのおっさん。

 

9時勤務開始と同時にサーバールームに2人で引きこもり、お昼になればご飯も社員食堂2人で仲良く。戻ってきても二人きりで18時まで作業。

 

いやーこりゃ詰むよな、と。

想像しただけでも吐きそうでしょ?笑

本当これを入社してから5ヶ月間もよく耐えてますよ、僕は。

 

入社したばかりの僕はまだまだ教えてもらうことばかり。それにあぐらをかいているのか、「うんうん」「はいはい」と謙虚に聞く僕に対して言いたいことばかり言ってきて、自分のミスは全く認めないくせに、僕の小さなミスをひたすら揚げ足取りするほど。

 

IT業界には多い典型的な知識自慢、プライド高いマウントとり。

これぞ見本やん!という感じ笑

飲みに誘われては、武勇伝を語り尽くすという本当に絵に描いたような残念な上司なんです。想像しただけでも嫌ですよね?こんな上司。

 

ごめんなさいねー、今日は愚痴ばっかりで。

 

許してください🙏

 

僕もなんだかんだ吐き出す場所がここぐらいしかないもので。

 

そんな上司に今日はなんだか少し違った感情が溢れてきたんです。

 

「この人、めちゃくちゃ寂しんだろうなぁ。自己肯定感なんてどん底なんだろう。かわいそうだ」

 

突然でした。急にそんな目線で見るようになりました。

 

実は深くて大きな傷を負っている人なのかもな、もしかするとその見たくもない傷を必死で覆い隠すかのようにマウントを取ったり、人の揚げ足を取ったりするのかもしれない。もしそうだとしたら、そんな痛々しい心の傷と共存して行くには、人になめられないような態度をあえて見せる必要があるし、そうせざるを得ないのかもしれないな。生きて行くために。昔負ったと思われるその古傷は、本当のところは今でも現在進行形で痛みがあるが故に、それを必死で守っているのかもしれない。

 

そう思えてきたのです。

 

いや、だからと言って僕がキレなくなったって訳じゃないけどね笑

 

なんだかそんな風に上司が見え、少しだけ「この人、被害者なのかもしれんな」と思えてきたのでした。プライベートな話はあまりしたことないけれど、絶対に何かあるはずだ。幼少期絶対なんかあったんじゃないのかな、と想像してしまいました。

 

 

さて今日は金曜。

明日から大阪へ心理学講座を受けに行ってきます。

 

今回はどんな発見があるのかな。どんな学びがあるのだろう。

同期とどんな話ができるのか、毎回楽しみでしょうがない。

 

またブログ書きます。

ではみなさま良い週末をお過ごしくださいませ😀

 

心理カウンセラー フミ

 

 

『向き合う』ということ

皆さま、新年あけましておめでとうございます!

見習い心理カウンセラーのフミです。

今年一発目のブログ。

去年の振り返りでも書いてみるか!と意気込んでいたのですが、振り返りよりも書きたいことがあることに気がつきました。それがこのタイトルである『向き合うこと』です。

2023年は【心が大きく動いた年】でした。

これまでの人生でトップ1、2ぐらいで心が動いた年だったんじゃないかな。そんな風に感じています。

心が動いた。
それは、たくさんのことに向き合ってきたから。

何気なく言ったこの『向き合う』という言葉。実は僕の中で、ずっと疑問に思ってしまいました。具体的にどういうことなんだ?と。
心理学を勉強し始めた今だからこそ、頻繁に使うこの言葉。いざ説明しろと誰かに言われても、うまく言語化できないよなーなんて思ったんですよね。

なので今日は全く新年ぽくない内容になりますが(笑)、この『向き合うとはどういうことなのか』について、その大切さも含めながら僕なりの理解を書いてみたいと思います。

「向き合う」とは

結論から言うと、『向き合う対象(家族、パートナーなど)への想いやイメージを書き換えること』なのかなと、今の僕は思っています。

もう少し噛み砕いてみると、、

向き合う対象へ抱いている想いやイメージが、どうしてそうなっているのか?という視点で過去を掘り下げていく。掘り下げていく過程で、向き合う対象へ湧いていた昔の自分の感情(または意図的に感じないようにしていた感情)を”今の自分”が感じてあげる。そして、そこにはどんな愛があったのかを見つけ出して、その愛を頭ではなく心で理解していく。そうすることで、”今の自分”が当時の自分を客観的に理解・肯定できるようになり、その対象のものへの見方やイメージが変わる。

なんだか難しいですね…笑

例えば僕の場合。
去年ずっと向き合ってきたのは母でした。僕の自己肯定感が低く、感情に蓋する癖がついたのは母のせいであり、母をずっと毒親だと思っていました。
9歳の時に父親を亡くし、その頃から過干渉になった母。毎日押し付けてくる指示や命令に従うしかなく、僕は自分を押し殺し、母親の期待に応えようと一生懸命生きてきました。その結果、自分の気持ちや感情がわからないまま大人になり、自信もなく、他人や世間を軸にする生きづらい人生になっていました。

しかし、心理カウンセリングや本などを通して母親と向き合い始めてみると、当時の自分だけでなく、母の状況や気持ちなどを大人になった今の僕が心で理解することができたんです。

先日、心理学講座で一緒に学んでいる同期(ミハルさん)とカウンセリング実習をしたのですが、その時に

『9歳のフミくんは、感情を殺してまでもお母さんを守りたかったんだよ。そこまでしてお母さんを守ってたこと、気づいてる?』

と言われ、涙してしまいました。

それから数日間、ミハルさんの言葉が心の中で響き渡り、心にゆっくりと染み込んでいくような感覚がありました。

「自分の感情を殺してでも守っていた人がいた」

否定的だった幼少期の自分を、どこか肯定できた瞬間でした。すごいことを成し遂げていたんだなと。そして同時に、母親に対するイメージも「子供の気持ちを踏みにじる毒親」だったのが「僕が命をかけてでも守りたかった存在」へと変化。昨日は元旦だったので、母とLINE通話したのですが、だいぶ柔らかい目線で話せた自分がいたように思います。

これが母親と向き合った結果の一例です。

どうして向き合うのか

向き合うことは、決して簡単じゃない。怒りや憎しみ、悲しみや悔しさなどネガティブな感情をたくさん蘇ってくるかもしれません。それだけ辛い思いや気持ちを抱えて生きてきたのだから、言ってみればそれは当然のこと。

というか、別に向き合わなくたって生きていけるし、向き合うことは強制じゃない。知らんぷりして一生を終える人だって世の中にはいるし、気づかない人だっているわけで。

でもどうしてそこまでして向き合うのか。
どうして勇気を振り絞って向き合おうとした自分がいるのか。
なぜわざわざ嫌な過去のことに向き合う選択をするのか。

その理由は、

『向き合った先に幸せがあることを知っているから』

だと僕は思うわけです。

とても感覚的な話ですが、向き合おうとする人の心には「幸せになりたい」っていう気持ちがずっと強くあるんだけれど、それを無意識レベルで必死に抑えているんだと思うんです。罪悪感やら無価値感という自己防衛するツールを使って、必死に抑えないと生きていけない状況にいた、が正しいのかもしれません。そして、その無意識下にあったそんな気持ちが、何らかのきっかけ(失恋など)でポコっと顕在化する。つまり自分でちゃんと意識できる領域レベルにまで湧き上がってきて、その瞬間を待っていたかのように「あ、時が来たな」的な感じで向き合う選択をするんだと思うんです。もう無意識下ではいられなくなった、限界だった。だからもう顕在意識の中でちゃんと認識せざるを得なくなった。そんな感じだと捉えています。

向き合うことで得られるもの

「幸せになりたい」と言う気持ち。

サラッと言いましたが、これは人間みんなが持っている気持ちだし、これほど無垢なものはないんじゃないでしょうか。美しくて、価値のある思いです。
でも、幸せになるためには、愛というものを理解することが必須な気もしています。自分への愛、他者からの愛、他者への愛。深く向き合うことによって、溢れんばかりの愛を見つけたり、見逃していた愛、気づかなかった愛に出会うことができる。そのたくさんの愛を”頭でなく、心で受け取る”ことで、愛と繋がり、幸せへ一歩前進するものだと思っています。

人は愛に触れると心が揺さぶられ、涙が出たりしますよね。そういう経験をたくさん積んでいくと、少しずつ内面に変化が起きてくるものだと思っています。愛に触れると見方や意識が変わり、見方や意識が変われば心が変わる。そして心が変わると、確実に言動や人との接し方が変わっていく。

そして何より本質的なのは、

『同じような悩みを持つ人に寄り添い、共感し、気持ちをわかってあげられるようになる』

これが向き合うことで得られる本質的な価値なんだと思います。

何かと向き合うこと。

それはとても怖いこと。勇気がいること。
心の準備もそうだし、膨大なエネルギーも必要で、時間のかかる作業。
でも、その分だけリターンは本当に大きい。向き合った分だけ幸せが跳ね返ってくる。それだけ自分の幸せに近づける。僕はそう思っています。

2024年もどうぞよろしくお願いします。

フミ

僕について Vol.3 【現在〜カウンセラーへの道】

こんにちは。

 

心理カウンセラーのフミです。

 

前回に引き続き、今回も僕についてのブログを。現在の僕についてやカウンセラーとして志した原体験などを書いてみました。

 

現在

そして現在。

現在の僕を語る上では避けられない出来事があります。

 

2023年3月20日、勤務していた会社から解雇を通告され、失業。
2023年4月7日、当時交際していた大好きだった彼女にフラれ、失恋。

 

なんか悪いことでもしたのでしょうか(笑)

立て続けに僕の心が打ち砕かれ、粉砕してくれました。魂が抜けました。どん底へと突き落とされ、喪失感と絶望感に苦しむ毎日。生きている感覚をしばらく失っていました。

 

でもね、この出来事が全ての始まりだったんです。


転換期、いや、おそらく人生を一番変えるターニングポイントになりました。

自分と向き合うきっかけをくれたんです。

きっと起こるべくして起きていたんだと思います。これまでずっと、ずーっと蓋をして心の奥底に放置してきた、見たくも感じたくも考えたくもないものとようやく向き合う時が来た。そんな気がしてならなかったんです。同時に、すごく大切な何かに気づかせてくれるチャンスなのかもしれないと思いました。

 

ボロボロだった心が落ち着きだした頃、ふとした時に自分に問いかけていいました。

 

「どうしてこんなにも恋愛がうまくいかないんだろう」
「いや、恋愛だけじゃなくて仕事もそう。なんで自分に合わないような会社ばかりを引き寄せてしまうんだろう」
「恋愛、仕事、どうやったらうまくいくの?」
「何をどうしたら心って満たされるんだ?」
「なぜ自分という存在を大切に扱えないんだ?」
「どうやったらもっと幸せに生きられるんだ?」

 

「俺、このままじゃやばい。幸せになれない」

 

急にハッとさせられたというか、危機感みたいなものを感じ始めたんです。

 

もういい加減、俺は幸せになりたい。
本気でもっと幸せな人生を送りたい!
もっと心から満たされた生活をしたい!
もっと笑顔で、ありのままの自分で過ごしたい!

 

小さな自分が、心の奥底で叫んでいました。
堂々と、力強く。涙を浮かべて、必死に訴えていました。

 

もうこれ以上、心の声を無視することはできない。

 

その小さな僕の訴えが、心理学の世界へと導きました。

 

それから僕は自分の中にある答えを探しに毎日、毎秒、狂ったように心理学にのめり込みました。来る日も来る日も、朝から晩まで。転職活動そっちのけで、ひたすら自分と向き合いまくる日々。「自分の幸せってなんだろう」と真剣に考え続け、心と対話しながら、自分を知る作業に没頭していきました。

 

書籍、ネット記事、セミナー、講座、動画、SNS、褒め日記、感情ノート、瞑想、写経、ヨガ、アファメーション、そしてお恨み帳(界隈の方はご存知かと笑)。今の自分に必要だと思ったものには全て手を出しました。話したいと思った人には躊躇せず電話をかけまくりました。会いたい人にも片っ端から会いにいきました。よくわからないワークショップにも勇気をもって申し込み、参加してみました。迷うぐらいならとりあえずやろう、心に関連するものなら。気が済むまでやってやろうと。

 

そんなことを続けていた頃、一人でやることに限界を感じ始めました。

「もっと客観的に自分を見てみたい」

そんな思いで出会ったのが、心理カウンセリングでした。

 

ドキドキしながらカウンセリングを申し込み、いざカウンセラーさんと二人三脚で走り始めると、さらに何かが変わり始めている自分を感じていました。見える世界や物事の捉え方、意識の持ち方、感情の扱い方…少しずつだけど、明らかに何かが変わっていく。全てのことが。外側ではなく自分の内側から変化していくような。とても不思議な感覚でした。

 

カウンセラーへの道

継続カウンセリングを受けながら変わっていった僕の中で、少しずつ膨らみ始めた思いがありました。

 

「この経験を活かして、今度は自分が誰かをサポートする側になれないか」

 

そう、気づけば自分が心理カウンセラーになりたいと思い始めていていたんです。

今学んでいる心理学と自分の経験を使って、誰かの役に立ちたい。こんな自分でも人に何かを与えられそうな気がする。

 

夢もライフワーク(人生で何か打ち込めるもの)もなく、これまで真っ暗だった人生のトンネルに、かすかな光が差し込んできた感覚でした。やってみたい、という純粋で前向きな思い。自分と向き合えば向き合うほどに湧き上がってくるこの思いを、カウンセリングというステージで表現してみたい。

 

別に大勢じゃなくてもいい、誰か一人にだけでもいい。自分の人生苦しんできた分、誰かに与えることはできるんじゃないか。届けられるんじゃないか。もういいや、やってみたいんだからやればいいや。この今の気持ちが冷めるまで、とことん追求してみたい。辿り着いた先は、心理カウンセラーという道でした。

 

これが今の僕になります。

 

現在、”3ヶ月先まで予約の取れない心理カウンセラー”として有名な根本裕幸カウンセラーのお弟子8期生として、心理学を学んでいます。

 

 

人生で無駄になったことなんて、何一つないと信じています。もちろんこれからも。僕が心理学の勉強に費やしている今のこの瞬間も。いつかどこかの誰かの役に立つはず。それは皆さんだって同じこと。必ずそれを与えることで、自分の魅力となり才能となって輝く時がくる。僕はそう強く信じて、今人生を進めています。

 

死ぬほど孤独で寂しかったからこそ、人に寄り添える今がある。
失敗しまくった経験があるから、人の痛みを共感できる今がある。
もがいてきた経験をしてきたから、人を応援できる今がある。
辛い過去を乗り越えてきたから、今と未来が明るく見える。
弱さを知ってるから、強みも知ってる。

 

人生は白か黒だけじゃない。

 

クライアントさんの人生に、いろんな色を足していきたい。

 

そんなカウンセラーになれたら嬉しいです。

 

頑張ります。

 

フミ