フミノブログ

西元フミヤ@繊細な九州男子カウンセラー

あれから一年 〜失恋の先にあったもの①〜

一年前の2023年4月7日土曜日の夜、当時付き合っていた彼女にフラれ大失恋をした。

あれからちょうど一年が経った。

彼女のことが大好きだった僕は彼女に依存し、完全に彼女軸を生きていた。見捨てられる不安に駆られ、逃げられないようにと毎日必死で追いかけていた。全然埋まらない心の穴を、懸命に埋めようともがいていた。

依存、癒着、執着、ニーズの爆発、主導権の争い、見捨てられ不安、嫉妬、コントロール、犠牲、劣等感、罪悪感、無価値感。ネガティブな感情全てを感じることになったあの恋愛経験は、カウンセラーとなった今の僕の原体験となっている。

あれから僕はどう変わったのか。

あの失恋をどう捉え、どう噛み砕き、どう変化していったのか。

今日はそれを書いてみたいと思います。

2023年4月7日

 

元カノ:このままだとフミくんを苦しませてしまうと思う
僕:それでもいい。だから付き合おうよ
元カノ:…これ以上苦しませたくないから
なにそれ。本当の理由は?
元カノ:…うーん、だって苦しませたくないからさ
僕:もうないってこと?気持ち
元カノ:うーん……
僕:ないってことね。じゃあもう終わり?
元カノ:苦しんじゃう。フミくんが
僕:なんで俺を主語にするの?どうしたいか教えて
元カノ:
僕:もう成り立たないよね、こんなんじゃ。別れよっか
元カノ:……う…ん
僕:俺に言わせたかったんだね(ため息)…わかったよ。じゃあね。短い間だったけどありがと
元カノ:こちらこそだよ
僕:……
元カノ:なんか寂しくなるね
僕:はぁ?そっちがフったくせに。寂しくなる?…もう意味不明だわ(ため息)
元カノ:私はこれで終わりじゃないと思ってる。またいつかどこかで会えると思ってる
僕:それはない。会いたくないし。ないね。じゃあ
元カノ:またね
僕:(無言で電話を切る)

 

最後の会話はこんな感じ。土曜の夜だった。

電話を切った時は何も感じなかったことを記憶している。2日か、3日後ぐらい経ってからだった。いろんな感情が次々に爆発していった。

3月に会社を解雇されていた当時の僕は、無職という肩書きのまま失恋をしなければならない現実を受け止められず、辛すぎて、もう死にたくて死にたくてたまらなかった。絶望の絶頂にいた。

もういつでも人生を辞めてやりたい。

2023年の4月は、地獄の中にいた。

恋愛依存症と診断

 

「はい次〜。次だ、次!次の女だな」

いろんな男友達に電話をしたら、そのほとんどが口を揃えてそう言ってきた。女友達にも電話で相談したけど、どこか納得がいく回答は得られなかった。

「あの女、ビッチだった」と相手のせいにして終わらせて、次の女性に行くのは簡単だ。人間誰だって相手に責任を押し付ければ楽に生きられるもの。でも今回ばかりはそうじゃない自分がいた。いつもとは違った、何か深い意味がある失恋な気がしてならなかった。

失恋して苦しむ人もいれば、苦しまない人だっているのに。なんで僕だけこんなことにいつもなるものか。また恋愛をしたら同じ問題にぶち当たりそうな直感が働いた。

もしかしたら問題は相手じゃなくて自分なのかもしれない。頭の中で自分を疑った。自分に原因がありそうだ。自分に問題があるんだ。

相手にしか向かなかった意識のベクトルが、初めて自分に向けられた瞬間だった。

もう逃げたくない。

人生変えてやる。

そんなことばかりを考えていたある日、たまたま見ていたウェブサイトで恋愛依存度をチェックできるページに辿り着いた。チェックをしてみたら「あなたは恋愛依存症です」との診断結果が表示され、愕然とした。

「はっ?俺が?……恋愛…依存??」

これでさらに死にたくなった。嘘だと信じたかった。たかがネット上でのテストとはいえ、あまりに情けなく受け入れたくない痛い現実。もう自分の全てが嫌になり、崩壊しそうだった。

こんなこと恥ずかしくて絶対人には言えない。やばい。何とかしなきゃ、と「恋愛依存をなくすためにはどうすればいいのか」という課題に向き合うことにした。

Googleで何百回も「恋愛依存 克服 方法」と入力しては検索し、毎日朝から晩までいろんな人の記事やブログを読み込んでいたら、ある記事に辿り着いた。その記事で言っていたのは、自分で自分を満たす人生にすることが結果的に恋愛依存症の克服に繋がりますということだった。

自分で自分を満たす?

という感じだった。でももう一切反論はできなかった。なんとなくそんな気はしていたから。

僕は向き合い続けた。逃げたくなかった。

「自分で自分を満たす」方法を調べまくっていると、やたらと”自己肯定感”という言葉を目にするようになった。以前から知っていた言葉だ。今度は「自分で自分を満たす」に加えて「自己肯定感」という2つのワードで色々と検索していたら、一つの本に出会うことになった。

それが僕の師匠である根本裕幸カウンセラーの書籍『敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法』だった。

この本との出会いが、全ての始まりだったような気がする。

自己肯定感についての書籍はたくさん読んできたけど、これほどまでに簡潔に、わかりやすく書かれたものはなかった。しっくりきた。

この書籍を皮切りに、根本カウンセラーの書籍を読みまくった。自分らしい生き方を見つける本、嫉妬の本、罪悪感の本、寂しさの本、執着の本。ブログも読み漁り、自分にとって必要だと思った箇所を大学ノートに書きまくった。大学でも受験するんか?というぐらい毎日カフェに入り浸って、読んでは書いてを繰り返していた。

全ては自分で自分を満たすため。

自己肯定感を上げるためなら何でもやった。

「どんな感情でも受け入れる」「それが自分だからしゃーないやん」「湧いてくる感情には蓋をしない」と書いた付箋を車の至るところに貼りまくった。剥がれそうになるたびにセロハンテープで補強した。付箋を読むことに集中して、前の車に追突しそうになったこともある。

自分を褒める日記も毎日付け始めた。寝る前に12分間瞑想をした。

ベッドに入ると目を瞑ってアファメーションをした。「もう頑張らなくて大丈夫。このままの俺でいいんだ。大丈夫。俺は愛される」と何度も何度も言い聞かせた。無職だった僕は、毎日そんな生活をしていた。もう誰からどう思われようがどうでもよくなっていた。

根本カウンセラーをフォローするためだけにX(旧Twitter)のアカウントを開設し、VoicyやYoutubeも見始めた。そうしている内にお弟子カウンセラーさんたちの存在も知った。

継続セッション

 

「自己肯定感を上げながら、恋愛依存を克服したいです」

それらしきことを相談内容欄に書いて、カウンセリングを申し込んでみた。Xでたまたま恋愛を扱うカウンセラーを見かけて、藁にもすがる思いで申し込みをした。お弟子さん6期生である、恋愛カウンセラーの彩さんだった。

「恋愛依存を何とかしたいです」

このセリフで始まった継続カウンセリングは、3ヶ月に渡って続いた。女性カウンセラーだったけど、恥ずかしかったことも包み隠さず全部話した。明るい笑顔が印象的な彩さんは丁寧に話を聴いてくれて、何から何まで全てを受け入れてくれた。

セッションが終わる毎にもらうフィードバックメールがとても嬉しく、心に沁みた。内容を何度も読み込み、もらったアドバイスを日常生活で意識し、アウトプットしていった。自分を肯定していく意識や感情の捉え方、そして感情の変化。意識を常に自分へ向け、考え感じたことをメモをした。次のカウンセリングでそれを報告することがとても楽しくなっていた。

向き合うのはいつも自分自身。

でもそれができたのは、いつも横にいてくれるようなカウンセラーの存在のおかげだった。前に進もうとする時は全力で背中を押してくれ、やばくなったら立ち止まって受け入れてくれる。まさに二人三脚の状態。

あまりに辛く、心が潰れそうな状況の自分を一生懸命理解してくれる存在、一緒に伴走してくれる存在が、いかに心の支えとなっていたのかを僕はこの時初めて気づいた。

いつもすぐそばにいてくれる安心感と心強さ。カウンセラーと共に走っていたあの期間がなかったら、すぐに心が折れていたか、見事に燃え尽きてまた自分を見失っていただろうと思う。

依存心と母親の投影

 

壮絶な家庭環境を生き抜いてきた元カノへは、いつも「俺が助けてあげなきゃ。もう彼女には俺しかいない気がする」という気持ちで接していた。

カッコつけては背伸びして、デートではいつもお金を払い、気を遣って機嫌を伺い、怒りや不満を隠しながら「大丈夫?なんでも言ってね」なんて無理をする。生活の中心にはいつも彼女を置いていた。

そんな元カノと向き合い始めて数ヶ月経ったある日のこと。

大きな発見をした。

「助けてあげなきゃ。もう彼女には俺しかいない気がする」と必死になって彼女へしていたこと。それはそっくりそのまま母親が僕にしていたことと同じだった。

家族間で起きていたことを、外の世界で投影していた。

連鎖していたのだ。

”相手のため”と勝手に思い、相手を満たしてあげようと手段を選ばずに取った数々の行動。相手の意思を尊重する”ふり”をして、無意識にも一方的に押し付けをしていた。過干渉だった母親に僕が抱いていた嫌悪感や鬱陶しさ、息苦しさ。その感覚を彼女に湧かせていたのは、僕自身だったのだ。

そしてその延長で気づいた最も重要なこと。

それは、たくさん傷ついて助けが必要だった人というのは彼女ではなく、紛れもなく僕自身だったということ。彼女を助けても、自分が満たされるのはほんの一瞬でしかない。永遠に満たされない虚しい感覚には気づいていたけど、なぜか辞められなかった。

むしろ、満たそう与えようとする心はエスカレートしていく一方で、そこには期待や見返りを含んだ”犠牲”しかなくなっていた。”愛”で与えていなかったのだ。彼女を満たすことが生き甲斐になっていた僕は、彼女で自分の依存心を満たそうとしていたのだ。

『自分で自分を満たす人生にすることが結果的に恋愛依存症の克服に繋がります』

これを知ってから、恋愛依存になった自分の心を理解し始め、そんな自分を少しずつ受け入れることができた。

 

続きのブログは【あれから一年 〜失恋の先にあったもの②〜 - フミノブログ】にて。

 

心理カウンセラー フミ